焼印中抜き寿

お菓子屋さんからの注文で「寿」という文字の焼印をよく作りますが、今回は珍しく中抜き文字でアウトラインで構成された寿という文字の焼印を作りました。中抜き文字の焼印は印面が焼くものに触れる面積が少ないので、綺麗に押しやすいのですがその分、細い線が多く、製作は難しくなります。お菓子のように表面が柔らかい素材の場合には有効な焼印になり焼くものに触れる面積が少ないという事は、印面に強い力が加わる事を意味しており、その分、普通の焼印よりもやや弱めに押した方が良い焼印になります。寿という文字は、おめでたい時に使われる事が多い文字ですが、特に結婚に関する事で使われる事が多い文字です。又、縁起がよい文字とされているので、色々な所で使われており、駅の名前や地名や会社の名前等にも使われています。別の読み方に「じゅ」という読みかたがあり、長寿や天寿のように命が長く続く様子を表す事からもおめでたい文字とされています。変わった所では、別名で寿と呼ばれる植物もあり、南アフリカ原産のハオルチア.レツーサと呼ばれる植物で、葉に特徴があり、葉が三角形の立体的な形をしています。又、キンポウゲ科の植物にも寿とかいてヒサと読む種類があります。寿の文字には旧文字の画数の多い壽の文字もあります。

中抜き寿焼印
中抜き寿焼印の画像

上の写真は出来上がった中抜き寿の焼印を試し押しで厚紙に押した時の画像です。この焼印の大きさは、高さ35ミリ×幅22ミリで、お菓子に押す為の焼印ですので、直火式仕様で柄を90度まげ、印面の彫の深さも通常の倍の6ミリの深彫にしてあります。又、試し押しの画像からはわかりませんが、クリアな印影を確保するために焼印の印面部分には多くのガス抜き穴を開けて仕上げました。

クマのロゴ焼印

可愛らしいクマのロゴの焼印を製作しました。ある航空会社のロゴで親しみのあるデザインです。航空会社と言えば近ごろ格安LCCが沢山ありますね。ちなみにLCCはローコストキャリアの略です。飛行機を使う側としては安い運賃の選択肢も増えてうれしいところですが、海外ではLCCの事故も結構おこっているようなので不安な面もあります。この近年、日本では大きな航空事故は起きていませんが、世界を見ると結構大きな事故が起きているようです。私も所用で東京へ行ったときにLCCを利用した安いパックを使った事があります。東京で2泊して確か36,000円でした。(往復航空券と宿泊費付)、飛行機の正規運賃から比べるとありえないくらい安かったので大丈夫かとさえ心配しました。いくら空席を減らす事により効率を上げるとは言ってもこんなに安くできるという事は、元々の価格設定はどうなっているのか?と疑問に思ってしまいます。北海道に住んでいると東京へ出ることが結構ありますが、交通手段が限られており、鉄道を使うと時間も費用もかかるので、航空機を使う事が多くなります。特に私の場合、東京でサラリーマンをしていましたので、東京の友人も多く、妹も川崎に住んでいる事や、意外に仕事の関係も東京が多いので、時たま東京へ出かける必要があるのでLCCには助けれています。そんな私が初めて飛行機に乗ったのが東京での受験の時でした。当時はスカイメイトという割引があり、正規運賃の半分の料金で利用できましたが、今ほど利用客が多くなかったのでできた割引制度だったのでしょう。一度、今は無くなったYS-11というプロペラ機に乗った事もあります。プロペラのそばの席だったので、プロペラ音が結構うるさかった記憶があります。

クマのロゴ焼印
クマのロゴ焼印の画像

上の写真で出来上がった焼印を厚紙に押した時の画像です。この焼印の大きさは、20ミリ角の納まる大きさで、数物に沢山の焼印を押す為に大きめの150W用の半田ごてを取り付けて製作しました。北海道はヒグマが有名なのでクマに関する焼印もよく作ります。可愛らしいクマから獰猛な感じのするデザインのクマまで色々と作っています。

カイトの焼印

Caito(カイト)という英字の焼印を作りました。カイトというと一般的には凧を連想しますね。小学生の頃、よく凧を作っていました。私が作っていた方法は、竹ひごを使い、ニュウーム管といわれるアルミ製の小さなパイプを使い竹ひごを繋げて枠組みを作り、そこに紙を貼ってから絵の具で模様を描いていました。勿論、良く飛ぶようにするために、新聞紙で足と呼ばれる長方形のものをつけていました。凧本体と引っ張る糸をうまく繋ぐのが難しく、バランスの悪い状態でよく飛ばない事もありましたが、そんな時は大人の人に直してもらって飛ばしていました。近所の友達と一緒に飛ばしていると良く絡まってしまう事もありました。凧は昔からある遊びですが、通信手段がなかった時代には、狼煙と同じように戦の目印としても使われたようです。昔読んだ探偵小説で、ラジオを利用した暗号で連絡を取り合う工作員に対抗するために、アルミ箔を貼った凧を上げてラジオの受信状態を悪くしてから、別の電波で偽の情報を送る話が出てきましたが実際に有効なのでしょうか?又、この前のテレビで連凧という幾つも連ねてあげる凧でギネス記録を更新している人が出ていましたが凧の種類も色々とあるようです。スポーツカイトと呼ばれる凧を使ったスポーツもあり、鷹や鷲のような猛禽をイメージした凧や戦闘機や蝶の形をしたものや、箱のような四角い凧まであるそうです。凧を作る素材も昔とは違い、ナイロン系の強度があり強い素材がメインになってきています。

カイト焼印
Caitoの焼印画像

上の写真は、出来上がったCaitoの焼印を厚紙に押した時の画像です。この焼印の大きさは幅30ミリで80W用の半田ごてに取り付けて製作しました。書体名はわかりませんが太目のシンプルな書体で焼印としても押しやすい書体だと思います。

ダンスケッチの焼印

皆さんはダンスケッチという言葉を聞いた事がありますか?私は初めはわかりませんでしたので調べて見ましたら人間の姿をスケッチ状に描いて、動きや踊りをつけて表したアートの事を言うそうです。一見、難しそうに聞こえますが、簡単に言えば今のパラパラ漫画にダンスの要素が加わったような感じです。最近ではタレントさんのパラパラ漫画が有名でユーチューブ上で何十万回も再生されているものもありますね。あれは、静止状態の絵を何百枚と書いてコマ送りにして作っているそうですが手間のかかる大変な作業だと思います。そんなパラパラ漫画の元祖は昔懐かしい紙芝居だったのではないでしょうか?私も小さい頃、家のそばの広場に紙芝居屋さんがきて見た事があります。当時は、黄金バットや少年探偵団の紙芝居をやっていました。又、紙芝居屋さんと同時にドンキビ屋さんも来ていてお互いの相乗効果で人を集めていたと思います。ドンキビを知らない人が多いと思うので補足しておきます。ドンキビとは、お米を使ったお菓子で、圧力釜を使い最後の段階で圧力釜の蓋を一度に開けて大きなドンという音を立てて作るお菓子でその音を聞いて子供たちが集まってきました。シンプルなお菓子で私も大好きでした。今では近所迷惑になり苦情もでそうな製法なので聞くこともなくなりましたが懐かしい子供の頃の思い出です。いまでも同じようなお菓子が駄菓子屋さんで売っていますが、あの独特な製法に人気があったと思いますので製品をお菓子として販売しても他の競合するお菓子には勝てないと思います。

ダンスケッチ焼印
ダンスケッチの焼印画像

写真は、出来上がったダンスケッチの焼印を厚紙に押した時の画像です。この焼印の大きさは、幅50ミリ×高さ10ミリで電熱式の焼印をご希望でしたので150Wの半田ごてに取り付けて製作しました。ダンスケッチについて調べてみると、白黒の線画で書かれ集団で舞い踊って表現しているものから、カラーで綺麗に色付けされて絵画のような印象を受けるものから、実際に子供達が踊って表現している写真まで色々なバージョンがありました。又動画も沢山出ていましたので興味のある方は調べてみたらよいと思います。今回、製作しましたダンスケッチの焼印の場合には、一般的なフォントを使ったものでなく、デザインされた文字をパス形式のファイルで入稿して頂いたものからの製作になりました。

ねじれ文字焼印

鏡の横に文字を並べてリフレクトされた文字がさらにねじれたようなデザインの焼印を製作しました。ねじれと聞くと国会で衆議院と参議院で起きるねじれ減少やアメリカのトランプ大統領の中間選挙でねじれた状態になった民主党と共和党を思い浮かべる人が多いと思います。自然界ではねじれる状態もごく普通のようで植物のツルがねじれたり、巻貝やカタツムリの殻のねじれ、もっとミクロの部分では遺伝子自体がねじれた2重らせん構造をしていることから推測もできます。又、私たちにはあまりなじみがありませんが、空間自体も歪んだりねじれる事があるようで、巨大な重力は周りの空間に影響を与え、その結果、本来は真っすぐ進むはずの光でさえ捻じ曲げられることもあるそうです。重力レンズというそうで、ある星の裏側にある見えないはずの星が見える事で発見されたそうです。案外と人間の目に写っている画像は本来の姿ではなく捻じ曲げられた光を見ているのかもしれませんね。それどころか、人の脳は見ている本来の姿を今までの経験や常識から解釈して判断し別の姿を見せる事があるという話を聞きました。もしかしたら宇宙は人間が思っているよりもかなり小さい物かもしれませんよ?

ねじれ文字焼印
ねじれ文字焼印の画像

上の写真は、ねじれた文字の焼印を厚紙に押した時の画像です。文字が2行2列で並んでおり、一行一列目の「HIBA」と2行2列目の文字が鏡面文字になっていて普通に1列目と2列目の間に鏡がある状態であれば1行2列目になるはずですがそれがねじれてしまっています。又同じように「PO♪」もねじれた鏡面文字になっていてさらに、1行目と2行目の間にも鏡があり、ねじれた状態の鏡面文字となっています。なにか不思議な雰囲気のあるデザインになっています。ちなみに「HIBA」の文字は「青森ひば」という木材をあらわしています。この焼印の大きさは、幅70ミリ×高さ31ミリで、200Wの半田ごてに取り付けて電気ごて仕様として製作しました。焼印を作る時には、デザインを鏡に映したようにリフレクトさせて作りますので、私には違和感なく見れるのも職業柄でしょうか?

結婚式の焼印

結婚式の関する焼印を製作しました。最近は結婚式を行うカップルも少なくなってきているようです。少子高齢化の影響もあるのでしょうが、結婚式を行う事自体に意義を感じなくなったきていることが減少の一因でもあります。実は私自身も結婚式はやっていません。誰のためにやるのか疑問があった事と、結婚自体を賛成されていなかった事も原因ですが、無駄なお金をかけてやるのであれば、その分、他の有意義な事に回した方がいいとお互いに考えて決めました。それと結婚した年齢がお互いに高かった事も影響していると思います。市役所に届け出をしただけですので、結婚記念日も全く意識していないのでいつだったかわからないのが現状です。又、結婚しないで同棲して暮らしている若者も多いと聞きます。結婚によって得られる恩恵よりも負の部分が多いと感じられる場合には、同棲という選択も良いのかもしれません。今まで通りの社会構造では成り立たない時が迫っているのだと思います。社会保障についても若者が高齢者を支える構造では無理があり、新しい財源を求めていくことになると思います。一説には、今が平均寿命の最も高い状態で、徐々に平均寿命が低くなっていくと説明する科学者もいますが、それでも平均寿命の変化に対する社会保障費の増加割合が著しく大きいので根本的な解決には、社会保障に関する構造改革と税制の改革しかないのでしょうね。

結婚式の焼印
結婚式関係の焼印製作

上の写真は結婚式関係の焼印を厚紙に試し押しした時の画像です。中央の寿の文字と左下のお二人のお名前はわかりましたが、右上の二二二二〇の意味はわかりませんでした。聞いておけば良かったと思います。この焼印の大きさは、幅50ミリ程で、一度にたくさんの数を押す必要があるので、200Wの半田ごてに取り付けて、温度コントローラを併用したタイプの焼印にしました。

パノラマの焼印

パノラマ(panorama)という文字だけの焼印を製作しました。パノラマと言えば見晴らしがよく周りを展望できるイメージがありますよね。フィルムカメラが全盛期の頃、パノラマ機能付きのカメラが流行った時期があります。丁度、コダック社のカメラが日本で一番売れた時期だったと思います。日本のカメラメーカーもパノラマ機能の付いたカメラを一斉発売していました。丁度、カセット式のフィルムが流行った頃でもあり。コダック社のカメラのCMでカセット式のフィルムをカメラにポンと入れてすぐに撮影にかかれ、景色等ととる場合にはワンタッチでパノラマ撮影できると宣伝していました。当時のカメラのフィルムは、パトローネと呼ばれる金属製の筒のようなものに入っていて、カメラに入れる時にパトローネから少しはみ出しているフィルム部分の四角い穴をカメラのフィルム巻き込み機の出っ張りに合わせて挟み込んでから、カメラの蓋をしめて、フィルム巻き込みレバーを何度か回して、フィルムの目盛の所に一枚目を表す1という数字が出てきて初めて撮影できる状態になりましたので、カセット式のフィルムを入れるだけのカメラが出来た時には本当に驚きました。又、普通のカメラには標準レンズした装備していない時代だったので、広角撮影の出来るパノラマ機能が付いた事で撮影範囲も広がったと思います。勿論、当時から一眼レフカメラはありましたし、一眼レフカメラには、広角レンズやさらに広い角度を撮影できる魚眼レンズを取り付けてる事も出来ましたが、一眼レフカメラは高根の花で誰でも簡単に買えない時代でしたので、なおさらパノラマ機能がもてはやされたと思います。当時、写真少年だった私は、キャノンのAE-1という一眼レフカメラを持っていましたが、広角レンズを持っていなかったので、コダックのインスタントカメラを持ち出してあちこちで写真を撮っていました。懐かしい思い出です。

パノラマ焼印
パノラマ焼印の画像

写真は、panoramaの焼印を厚紙に押した時の画像です。この焼印、大きさが幅30ミリ×高さ3.6ミリと小さく、書体も明朝系の作りにくい書体だったので、深彫の印面では作ることが出来なく3ミリの標準彫の焼印で作りました。小さく細い線がある焼印の場合には、紙のような柔らかい素材に押すときには、力加減が難しく、少し力が入ると印面が紙に沈みすぎて黒くなってしまいます。逆に硬くて焼けにくい木材に押し場合には適度に押しやすく感じます。

気球の焼印

小さくて緻密な気球の焼印を作りました。私も一度は気球に乗ってみたいと思っています。数年前にニセコに泊りがけで出かけた時に早朝の気球体験ツアーがあったのですが、天気が悪く中止になってしまい乗りそびれてから尚更強く思うようになりました。よく、何とかは高いところに行きたがると言いますが私もそんな一人です。気球には乗っていませんが、ヘリコプターには乗った事があります。海外旅行のオプショナルツアーでヘリコプターとジープでのツアーがありそのツアーに参加しました。一日がけのツアーで行きは、ホテルまでジープで向かいに来て林道や悪路を走破しながら川ぞいのキャンプ場まで行き、そのキャンプ場でバーべキューを食べて、近くの川に飛び込んで泳ぎました。実は私、漁師町育ちだったので泳ぐことはできましたが、川で泳いだ経験がなくその時に初めて川で泳ぎました。夕方までキャンプ場で過ごしてから、その場にヘリコプターがやってきてホテルまでヘリコプターで帰りました。私は、ヘリの前面の操縦席の隣の席に座れたので興奮していました。操縦席の隣の席は、全面が湾曲した風防ガラスで下の方までよく見えます。又、操縦している人がサービス精神が旺盛で曲芸まがりの飛行をしてくれましたので、私は隣でキャプテンゴー、ゴーと叫んでいました。大変楽しく有意義なツアーでした。同じ空を飛ぶ乗り物でも気球はもう少しのんびりとしておとなしい乗り物だと思います。気球を言いますとどうしてもヒンデンブルグ号の事を思い浮かべますね?ヒンデンブルグ号はドイツの気球で、戦争当時だったので、気球に浮力を与えるヘリウムが確保できずに、替わりに水素を使った事で爆発事故をおこした気球です。当時、ヘリウムの主たる生産国はアメリカで輸出規制があり、仕方なく水を電気分解することで比較的簡単に得られる水素を使ったようです。私も、水の電気分解の実験をしたことがあり、得られた水素を実際に燃やした経験がありますが、ごく少量でも激しく燃えたので驚いてしまいました。勿論、私が旅行先で乗ろうとした気球は別の気球で熱気球と呼ばれるタイプで、積み込んだプロパンバーナーで空気を温めてその浮力で浮くタイプですので安全性は高いと思います。次の機会には是非とも乗りたいと考えています。

気球焼印
気球の焼印画像

上の写真は出来上がった気球の焼印を厚紙に試し押しした時の画像です。この焼印の大きさは対角で15ミリの小さなもので線が混み合っていて焼印として製作出来るかギリギリのデザインと大きさでした。仕様は40Wの半田ごてに取り付けて電気ごて仕様としました。そう言えば、80日間世界一周という映画を見た事があります。あまりよく覚えてはいないのですが、気球で旅をするシーンもあったように思います。白黒映画で今のように飛行機による旅行が一般的でない頃の設定だったので気球がでてきたのでしょうね。

矢印の焼印

矢印(←)を3つ集めてカタカナの(ス)の文字の形にした焼印を作りました。矢印は普段から色々な所でめにするマークの一つで、今、入力中のパソコンのキーボードにもついています。只、パソコンの矢印は、普通、棒の部分のない黒い三角形の部分(▲)の部分だけですが、方向を表しているので矢印といってよいと思います。よく探せば結構色々なものに矢印記号が使われています。いつも利用している自動車にも方向指示器(ウインカー)として矢印が点滅しますし、道路交通用の信号機にも青い矢印がでて行先を指示することもあります。矢印と名前の由来は昔、武器として使用していた弓の矢かたきていると思います。矢は狙ったところの飛ばして相手を殺傷する武器で、先端を鋭く尖らせた矢尻とよばれる金属部品がついており、その矢尻の形が三角形をしていて、その三角形の先端が狙った所に向かって飛んでいく様から矢印が生まれたと思います。そんな弓矢は古代の狩猟民族が栄えた時代から使われており、最初は石を削って作った石器の矢尻や動物の骨を使った矢尻が使われていましたが、のちに青銅や金属の矢尻が出てきて殺傷能力が一段と増しました。今は、狩猟民族も殆どいなくなり、弓矢から銃器に変わってきましたので、アーチェリーや和弓の競技等でしか弓矢を見る事がなくなりました。メタルアートでは、弓の矢に押す小さな焼印を作った事があります。銘を入れる為の焼印で3ミリ×5ミリ位の小さなものでした。

矢印焼印
矢印の焼印画像

上の写真は矢印が3つ集まったデザインの焼印を厚紙に押した時の画像です。この焼印の大きさは、25ミリ角に収まる大きさで、100Wの半田ごてに取り付けて100W電気ごて仕様の焼印をして納めました。

ストーブ屋の焼印

ストーブというと北海道のような寒冷地にはなくてはならない物ですが、九州や沖縄等では必要ないのでしょうね。北海道生まれの私にはストーブに対しては色々な思いがあります。今とは違い、私の小さい頃は、ストーブと言えば一般家庭では石炭ストーブでした。石炭ストーブには火をつけるのも大変で朝の寒い時に、新聞紙を丸めたものと小さく切った薪をストーブに入れて、その上に細かな石炭をさっとまき散らして、新聞紙にマッチで火をつけます。すると新聞紙から薪に火が燃え移り、最終的には細かな石炭が燃え出します。石炭は思ったより火が付きにくいので、薪が必要になります。今でしたら着火剤もあるのですぐにつける事ができると思いますが、なかなか大変です。只、一度石炭に火がつくと簡単に消えないので、その上に大きめの石炭を載せて火力を上げます。石炭ストーブの火力は強く、今の石油ストーブ以上に温まります。しかし、石炭をくべないとならない為に(くべるとは、燃やす為に石炭を入れるという意味です。)時々、ストーブを確認しないとなりません。又、石炭は、石炭屋さんから買いますが、家の場合には、ナヤバと呼ばれる魚を干す場所の下に石炭小屋があり、トラックから石炭屋さんがしょいごで背負って石炭を運んで入れていくので、その後、石炭小屋のなかで、大きな石炭はストーブに入るように砕く必要があり、私も金づちで石炭を割った記憶があります。そんな石炭割も大変でしたが、石炭ストーブを維持するのも大変でした。石炭ストーブは定期的に煙突掃除をしないとなりません。煙突が詰まると、煙突から火の粉がでる事があり、それが火事の原因にもなるという事で、煙突掃除が必要で、竹の棒を割いて細長くした物の先にブラシをつけて煙突に中に通して溜まったススを取り出すのですが、顔も体もススで真っ黒になりながら煙突掃除を手伝っていました。学校も勿論石炭ストーブでした。小学校と中学校までは、用務員のおじさんが朝、生徒が来る前に石炭ストーブに火をつけてくれるので、先生が、時々、石炭をくべてストーブを燃やし続けていました。一斗缶という18リットルの缶にとってをつけたものに石炭を入れていましたので、石炭がなくなると用務員のおじさんに連絡して持ってきてもらっていました。そんな石炭ストーブでもいい思い出も沢山あります。例えば、冬休み明けには、石炭ストーブの上に金網をひいて、その上に餅を載せて食べる事もありましたし、石炭ストーブの上には普段、蒸発皿というトタンで出来た器が載せてあり、湿度を保っているのですが、その蒸発皿の中に給食の牛乳をビンごと入れて温めて飲むことも冬には出来ました。今思えば楽しい思い出になっています。高校まで小樽にいましたが、高校もまだ石炭ストーブでした。只、同じ市内でも新しい校舎の学校は集中暖房が完備されていましたが、私のいた、北照高校はまだ石炭ストーブで、その石炭を運ぶのも生徒が当番制で運んでいました。

ストーブ屋焼印
ストーブ屋焼印の画像

上の写真は出来がったストーブ屋さんの焼印を紙に試し押しした時の画像です。上の文字の部分の下側は円形にカットして丸みをつけてありなかなかお洒落なデザインの焼印です。ウッドストーブと書かれていますので、薪ストーブを製作していると思います。前に、薪ストーブで使うデレッキという鉄のかき混ぜ棒の木製の柄の部分に押す焼印が欲しいという事で作った事がありました。ネットを見てみますとお洒落な薪ストーブが結構販売されていますが、結構、値段が高いので別荘のような建物で使うのでしょうか? 小樽市内に新保さんという薪ストーブを専門に作っている職人がいますが、こちらの薪ストーブは、鋳物ではなく、板金をプレス加工したもので、メタルアートでも一時期、売らせてもらった事があります。これから北海道は寒い時期になるので、ストーブが恋しくなります。
余談ですが、10年位前に、メタルアートで昔ながらの石炭ストーブを小さくした置物を作って販売していました。 焼印をメインにするようになってから置物やお土産品を作る事がなくなりましたが、来年あたりに復活しようと考えています。