舞華の焼印

四角の枠の中に舞華という字が入った焼印を製作しました。綺麗な花が宙を舞い落ちるような情景を思い浮かべました。この焼印を注文頂きましたお客様がどのような用途で使うのかは聞きませんでしたが、何かの名前ではないかと推測します。そう言えばヨサコイソーラン祭りの時に同じような名前を聞いた記憶があります。たしか時代劇の時にも舞華という芸者さんの出てきた番組がありましたね。チョット番組名までは思い出せませんが?舞華の「舞」は踊るという意味もありますね。私はリズム感が良くなく踊るのは不得意ですが、それでもバブル時代にはディスコで何度か踊った経験もあります。お酒を飲んで踊っていたのでぎこちない踊りでも大丈夫でしたが?息子が小学生の頃に札幌に中国の千手観音のような踊りを見に行った記憶があります。見事にそろった舞踊は見ていても気持ちのよい物でした。私自身は学生の頃、クラシックバレエを見た事も何度かあります。実は、クラシックバレエの経験も多少ですがあります。学生の頃所属していた劇団の研究生の時に一週間に一度、バレエの時間がありました。初めての時は黒いタイツ姿が恥ずかしくもじもじとしてレッスンを受けていました。バレエって見た目はきつそうではないのですが、実際にレッスンを受けると1時間でしかありませんが、他の練習事よりハードだと感じました。空手や居合等色々やりましたがバレエが一番大変でした。最も体が硬く、リズム感が悪かったからかもしれませんね。そう言えば、トロカデロという女装のバレエを見に行った事もあります。彼女?達の踊りを見ているとコミカルですが、きちんと基礎が出来ている上で踊っているのが良くわかりました。どんな芸術でも人に見せるという事は大変なんだとつくづく感じました。

舞華焼印
舞華焼印の画像

上の写真は出来がった舞華の焼印を厚紙に試し押しした時の画像です。この焼印の大きさは高さ30ミリで、80Wの半田ごてに取り付けて作りました。白と黒のバランスが良く四角い枠もついているので綺麗に押しやすいデザインの焼印です。

ラブジャパン焼印

love Japanという小さな焼印を作りました。Japanは世界から一目置かれるブランドであり、文化面等からも世界中に人気があります。その根底にあるのは、人との輪を大切にする日本人の気質ではないかと私は思います。確かに技術力や商品開発力等の商業的な魅力も大きいと思いますが、アジアの東端の小さな島国が大戦に負けてから、数十年で復活し、世界有数の経済大国になり、国別の人気度が高いのも、一つの物事を少しずつ根気よく積み上げていく国民性と武士道精神からきている恥の文化によるものだとも言えます。又、第二次大戦で負けたことにより、それまでの機構が一新して新たな出発が出来た所も影響しているのでしょう。只、いい事だけではなく、これからの日本は高齢化による人口減少や、日本人が物質的にも豊かになりすぎたせいで、古きよき日本の国民性も変わってきているような気がします。未来の日本はどこに進むのでしょうか?韓国や北朝鮮、中国といった同じアジアでも考え方も行動様式も違う隣人たちとうまく付き合い続けながら、ロシアやアメリカのような大国との間で立ち回らないとならないでしょう。資源のない日本と言われてきましたが、近年、莫大な海底資源があることもわかってきましたので、将来は資源輸出国になっているかもしれません。そんな日本の一番に資源は日本人そのものだと思います。

ラブジャパン焼印
ラブジャパン焼印の画像

上の写真は、出来がった焼印を厚紙に試し押しした時の画像です。小さな焼印で幅15ミリ程で、100Wの半田ごてに取り付けて電気ごて仕様として製作しました。少しイタリック体のような書体の焼印で、文字が右側に少し傾いています。一度に数を押す焼印でしたので、温度コントローラーと使い大きめの100Wの半田ごてにしました。

鋸状焼印

鋸の刃のギザギザしたような模様の細長い焼印を作りました。メタルアートでは金属を切断するのに金ノコを使っていますので、鋸刃も用途に合わせて何種類か用意しています。焼印自体は真鍮で加工しやすい金属なので、普通の鋼の金鋸刃を使って切りますが、焼印関係でもステンレスやその他の硬い金属材料を切断する時には特殊鋼の金鋸刃を使っています。私が一番気にいっている金鋸刃はスエーデン製のバイメタルと言って二種類の違った金属を電子ビームで溶接してくっつけた刃です。この刃は、硬い超合金鋼と弾力性のある比較的柔らかい鋼から出来ていて切れ味も良く、するどい切れ味が長く続くので使いやすい一品です。只、値段が少々高いので、難削材の時以外は、安い鋼の刃を使っています。安い鋼の金鋸刃の場合、真鍮のような加工しやすい材料でも少し使うと切れ味が鈍くなり使いにくくなりますが、高い刃の1/5位の値段なので取り換えてつかっています。只、切れ味が悪くなると、余分な所に力が入るせいか、切断面が曲がりやすく切り口も汚くなるので精度が必要な場合も切れる鋸刃を使っています。
もう一つのお気に入りの鋸刃は、超硬合金の中でも優れているタングステンという素材を使った合金鋼の刃でこの刃が一番高いので精度が必要で加工の難しいチタンのような素材の時以外はあまり使いません。焼印を鋳造で作っているとどうしても鋳造の具合が上手くなく、鏨を入れて修正する場合が出てきます。この時に使う鏨も超硬合金の物を使っていますので、この鏨の刃を研ぐ場合には、ダイヤモンドヤスリを使う事になります。私の使う工具の中で一番硬いものはダイヤモンド工具になりますが、今は、旋盤用のバイトと呼ばれる刃物にダイヤモンドよりも硬いウルツァイトフッ化ホウ素を使ったものもあるそうです。

鋸状の焼印
鋸状の焼印の画像

上の写真は鋸のように見える焼印を厚紙に押した時の画像です。見方によっては倉庫の屋根が連なっているようにも見えますね。この焼印見た通りに非常に細長く長さは60ミリありますが、高さが5ミリ程しかないので、電気ゴテ仕様で作りましたが熱容量の大きい150W用の半田ごてを使う事にしました。さらに熱の伝わりが良くないデザインでしたので、焼印の印面の彫の深さも4ミリとして台座部分は少しでも熱を保持できるように厚めにしての製作になりました。

小樽気質の焼印

小樽気質(おたるかたぎ)という文字の入った四角い枠付きの焼印を作りました。小樽は山と海に挟まれた地形で平地がすくなく坂の多い街です。地獄坂や職人坂、船見坂等の名前の付いた坂が沢山あり、その地形から、小樽気質が生まれたとも思われます。「向こう三軒両となり」という言葉がありますが私の小さい頃は外出するにも鍵をかけずに出かけたり、味噌や醤油をお隣から借りたりという事があったようですが、今は、違ってきています。又、坂の多い街に住んでいるので、我慢強いのも小樽気質の一つでしたが今ではどうでしょうか?そう言えば私の小さい頃は、家で料理を作る時には多めに作り、隣近所におすそ分けしていました。勿論、返礼に色々な物をもらい、ある意味、物々交換のようなことがありました。又、近所の大人の人もよく子供と遊んでくれていましたので、近所は知り合い同士のような状況でしたね。でも今は、核家族化が進み、人と人に付きあいもあまりなくなったようです。特に昭和の中頃までは、地場産業の中心が漁業でしたので、漁師気質と小樽気質が混ざり合って独特な雰囲気がありました。

小樽気質の焼印
小樽気質の焼印画像

上の写真は出来上がった小樽気質の焼印を厚紙に試し押しした時の画像です。この焼印の大きさは30ミリ角の正方形で100Wの半田ごてに取り付けて製作しました。文字も既成のフォントではなくデザインとして作ったものです。
観光用のお土産品に使う焼印も作りますが、この頃、小樽市内にも革工房が増えてきたようで、革の商品に押す為のロゴや標語の焼印をつくる事も多くなってきました。観光地としては名前を知られるようになった小樽ですが、段々と小樽気質が失われて、普通の地方都市になっていっている気がします。

 

ぞろ目の焼印

一般的にぞろ目と聞くと博打を思う人が多いと思いますが、縁起物として好まれる数字の並びでもあります。今回は、111周年という会社の設立のお祝いの焼印を作りました。会社にはゴーイングコンサーンという考え方があり、成長して継続して事業を行っていくという大きな主題があります。残念ながら起業している人の9割以上は、1年以内に廃業しているという話も聞きます。私も起業して始めましたのでわかりますが、何度か経営の危機に直面することは避けられない事実ですので、どう乗り切るかが問題になってきます。一番大切な事は、自分を信じて最後までやり通すという事になると思いますが、経営状況が悪くなる中でそれを実行するのは大変難しい事です。悪い方へと考えが進んで自分で自分を追い込んでいくことも多々ありましたので、案外、開き直って出来るだけの事をしてあとはなるようになるさという気持ちでいる事が大切になるのだと思います。

 

ぞろ目焼印
ぞろ目の焼印画像

上の写真は、出来上がったぞろ目の111周年という焼印を厚紙に試し押しした時の画像です。ぞろ目でも、1の並びのぞろ目はピンゾロといわれる特別なものです。英語では、snake eyesと言われ数字の1が蛇の目の縦の虹彩部分に似ているからそう呼ばれていると思います。又、数学的にはレピュットともいわれます。ちなみにレピュットとは、11、111、1111等のように1が並んだ自然数の事をいいます。コンピュータの世界でも二進法が使われるので1の並びには重要な意味があると思います。今回、製作しました111周年の焼印は幅45ミリ×高さ12ミリで、100Wの半田ごてに取り付けて電気ごてとして作りました。何周年記念という焼印は結構作りますが、今回の111周年は初めて作りました。

地名焼印

ノースランドという地名の焼印を製作しました。ノースランドとは、ニュージーランドの北島の最北部の地方の名称で、ファンガレイという街が中心都市になります。ニュージーランドというと一番に思うのは羊の肉ではないでしょうか?私はジンギスカンが好きですのでそう思うのかもしれませんね。ジンギスカン鍋は北海道では一般的でしたがこの頃はあまり食べる事がなくなったみたいです。私の小さい頃は羊の肉の方がブタ肉よりも全然安かったのでジンギスカン鍋が好んで食べられていたようですが、近ごろは価格が逆転して豚肉の方がジンギスカン用のラム肉より安くなったのが原因なのだと思います。昭和の頃には北海道人のソウルフードで、特にベルのジンギスカンのタレとの組み合わせは絶品で、バーべキューと言えばジンギスカンだったのですが、今は、食べ物が豊富になり、普通に牛肉を食べるようになったので段々とすたれてきたのかもしれません。それでも我が家ではたまにジンギスカン鍋をしますが、タレに付け込まれたパック式のものを焼いて食べるので、昔ながらの味わいがないのが残念です。ジンギスカンの肉でラムは子羊の肉ですが、マトンと言われる親羊の肉の方が肉質が硬いので価格は安いのですが、私はマトンの方が味が濃く好きです。それと昔ながらの鋳鉄製のジンギスカン鍋も見なくなりました。中心部分が盛り上がっていて溝があるジンギスカン鍋は、余分な肉汁が流れ落ち、美味しいジンギスカンを味合わせてくれましたが、時代の流れか手入れが簡単なホットプレートに押されて姿を消してしまったようです。ラム肉の塊に焼印を試しで押した事がありますが、、油分が少ないせいか肉としては綺麗に押せた事を覚えています。

ノースランド焼印
ノースランド焼印の画像

うえの写真は出来上がった焼印を厚紙に押したときの画像です。幅40ミリの焼印で100Wの半田ごてを取り付けて製作しました。

浮き屋様焼印

魚釣りに使う浮きを製作している方の焼印を作りました。私が小さい頃、磯釣りで使っていた浮きと言えば精々、セルロイド製(年代的にプラスチックよりセルロイドの方が多い時代でした。)の細長い白いもので、幾つかに水平線が書いたあった物ですが、今は、釣りや魚の種類により色々な浮きがあるようです。一番よく釣っていた魚がカレイだった私の竿は浮きのない投げ竿が主流で、高島港の防波堤から良く投げ釣りしていました。あまり大きな獲物を釣り上げたことはなく、小さな釣ったカレイを唐揚げにして食べた記憶があります。アブラコやホッケが釣れた経験もありますが、殆どが小物で、大きな魚を釣ったのは、祝津沖に出て船釣りで釣ったソイ位しかありません。そう言えばサラリーマン時代に社員旅行で行ったニューカレドニアでクルザーを借りて1日釣りをしたことがありましたが、数度、サメが食いついた位で収穫ゼロだった事がありました。その時は、クラブメットに泊まっていましたが、夕食の時にカジキの刺身があり、ホテルのスタッフが釣ったものと聞いて驚きました。

浮き屋さんの焼印
浮き屋さんの焼印の画像です。

上の写真は出来上がった焼印を紙に押した時の画像です。「Record de Ligero」と書かれていますが、最初、間違ってレコード屋さんかと思いましたが、よく見るとレコードではなく、レコルドと読みます。ブログを拝見いたしました所、色とりどりの疑似餌が沢山出ていました。見た目にも綺麗だったので釣りをしない人でも、集めてみたくなるグッツだと思いました。今回、製作した焼印は、幅50ミリで、100W用の半田ごてに取り付けて100W電気ごて仕様として作りました。

四角で作る文字

黒塗りの四角形を組み合わせて文字を表現したデザインの焼印を作りました。元々、パソコンの文字もドットと呼ばれる小さな点を組み合わせて作られていますが同じような考えで四角形を集めて表現しています。そう言えば昔の新聞記事の写真をよく見ますと、ドットがわかりましたが、今は印刷方法が変わったのかドットが目立たなくなっています。話は変わりますがこの頃、新聞を丁寧に読まなくなったような気がします。その原因はインターネットでのニュース配信と新聞記事の信用性の問題があると思います。今、日本と韓国の間はぎくしゃくしていますが、その原因の一因も某新聞が書いた慰安婦の記事に発端があることは知られていますが、読者に興味を引くために事実にない記事を書いたり、都合のよい解釈で記事を修飾して書くことにより国際問題まで発展してしまっていますので、報道の自由と言っても野放しにしておけない問題だと思います。その他にもネットのニュースを見ていると明らかにおかしな記事を目にしたり、意図的に誘導するような記事もあります。トランプ大統領の言葉ではありませんがフェイクニュースだと言えるものがありすぎるのも事実ですので、これからの人は、フェークニュースが含まれる情報から真実の情報を選び取れるだけの能力が必要になると思います。

四角文字焼印
四角文字焼印の画像

上の写真は、出来上がった四角を組み合わせた焼印を厚紙に試し押しした時の画像です。横から見るとMの文字のようですが、実は∑を表しています。大きさは右の定規からわかるように30ミリ程で100W電気ごて仕様で製作しました。物の形状を写し取るのに使う道具で、沢山のピンが植えこまれていてそのピンが物の凹凸に合わせて動くことにより形状を写し取る機械がありますが、同じような理屈で丸いピンを大量に埋め込んで、必要なピンだけを凸に押し出した仕組みの焼印を試作した事があります。縦3列×横3行の9本のピンを調整する9ドットだけの単純な物でしたが、ピンの高さを調整するのが難しく完成には至っていませんがいずれは、デザインを変化させる事の出来る焼印へと繋げていきたいと思います。

ダンボールへ焼印

プラスチックでできた魚箱に押す為に製作しました焼印をダンボールに試し押ししてみました。魚箱と言えば昭和の頃には木製のものが多かったようですが、近年はほとんど見かけなくなり代わりにプラスチック製のものが殆どになってきています。木製の魚箱は、壊れやすく、再利用するには修理が必要だったりするので丈夫で軽く扱いやすいプラスチックのものに変わってきたのでしょう。前に漁師の人に聞いた事がありますが、確かに木製の魚箱には短所もあったけど、魚箱を運ぶ場合には木製の魚箱の方が運びやすく良かったとも言っていました。どうしてかと聞くと、木製の魚箱を荷下ろしする時には、ノンコ(両氏言葉でカギ爪の付いた道具の事)を使っていたので、荷下ろしが早く済んだけど、プラスチック製の魚箱の場合、カギをひっかけて運ぶことが出来ないので、手で持ち上げて運ぶので、能率も悪く、かがみこむので腰も痛くなると言っていました。確かにいい面もあれば悪い面もあるのが普通だと思いました。今回作った焼印は青いプラスチック製の魚箱に凹みをつけるのに使うので、温度の調整がしやすいように電気ゴテ式にして、温度コントローラーを使いました。昔の木製の魚箱に使った焼印の場合には、直火式が殆どだったのですが、今は電気ゴテ式に変わってしまいました。

ダンボールへ焼印
ダンボールへ焼印の画像

上の写真は出来上がった焼印を茶色のダンボールに試し押しした時の画像です。写真の通り幅70ミリありますのが、プラスチックの箱に使うとの事で、木製品であれば300Wの電気ごてを使う所、通常の場合よりも一つ下の200Wの電気ごてを使う事にしました。又、プラスチックに使うとの事でしたので印面の彫も深めの6ミリにすることにしました。

築地の焼印

築地という焼印を作りました。築地は、東京の台所と呼ばれる中央市場でしたが、豊洲へ移転しました。世界的に通用する築地というブランドが一つなくなったのは寂しい事です。私は残念ながら築地には行った事はありません。東京に暫く住んでいましたが、今思えば残念です。築地の事は知りませんが同じような札幌の札幌中央市場の事は良く知っていました。家業との関係でよく行きましたし御世話になっていました。築地から豊洲への引っ越しの時にテレビでターレーで走っている姿を放送していましたが、札幌の市場では皆がポンポンと呼んでいました。私も運転したこともありますし、ポンポンの免許も持っていました。

ターレー免許
ターレー免許の画像

写真は私のターレの免許の実物写真です。三十年以上前のものです。一応、市場内しか乗る事は出来ない事になっていましたが、市場の外のトラックへ荷物を運ぶときに使っていました。ガソリンエンジン式の物とバッテリーの充電式の2種類がありました。ポンポンは結構力があり小回りもききますし、便利な乗り物ですが、ガソリン式の場合には、発信時もスムーズに出やすいのですが、充電式の場合には、コツがいります。発進は先頭部分の丸いハンドル部分についている丸い輪を手で押して、調整しつつ発進しますが、充電式の場合には、この輪の部分を微妙に調整しながら押さないといきなり発進してしまいその勢いで荷物が落ちる事もあります。築地では関係がなかったと思いますが、札幌の市場の場合には冬でも使いますので、雪が積もった時には、走れなくなる事も結構ありました。
一度、うにをポンポンで運んでいて倒したのを見た事がありますが、うにの場合には、折り函に入っているために倒してしまうと身が偏ってしまい商品にならないとの事で数十万円の損害がでると聞いた事があります。又、冷凍の荷物を重ねて運んでいる場合に落とすことも良くあり、落としたことに気がつかないで、荷物をなくすこともあったようです。
話が飛んでしまいました。すみません。築地の話に戻ると、移転により色々な所に影響が出ていて、これから出てくる問題もあるそうです。都民の皆さんに一番影響すると思われることは、移転したことにより各種の設備費や利用料が上がってしまいその転嫁の為に魚等の値段が上がってしまう事だと思います。又、どこの市場でも同じですが、市場を通さない流通手段が色々と出てきているので、価格競争の面でも中央市場を営業していくのは大変になると思います。大手の外食チェーンやスーパーでは、市場とは別の流通手段を使い価格競争に参入していますので、市場で高い口銭(市場に払う手数料)を払って仕入れている業者さんは、価格以外の別の方法で対抗する必要が出てくると思います。特にインターネットの発達で、生産者が直接に消費者とやり取りできるようになっていますので、中央市場の在り方についても考えないとならない時に来ているのかもしれませんね。

築地焼印
築地焼印の画像

上の写真は出来上がった築地という漢字の焼印を厚紙に押した時の画像です。大きさは幅30ミリ程で、100Wの半田ごてに取り付けて100W電気ごて仕様で製作しました。流れるような文字の書体で、活気ある市場をよく表していると思います。